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高松高等裁判所 昭和27年(ネ)317号 判決 1956年4月24日

第一審原告(第三一六号事件控訴人・第三一七号事件被控訴人) 上田種市

第一審被告(第三一六号事件被控訴人・第三一七号事件控訴人) 上田謙一

主文

(一)  第一審原告上田種市の本件控訴を棄却する。

(二)  原判決中第一審原告上田種市関係部分を左の通り変更する。第一審被告は第一審原告上田種市に対し別紙目録<省略>記載の不動産を明渡せ。

第一審被告は第一審原告上田種市に対し金六千八百五十九円三十三銭と内金一千五百六十五円十五銭に対する昭和二十六年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員を支払え。

第一審原告上田種市の其の余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用中第一審原告上田種市の控訴に要した費用は第一審原告上田種市の負担とし、右費用及原判決中第一審原告上田テル子に負担せしめた部分を除く部分は第一審及第二審を通じ之を三分してその一を第一審原告上田種市の負担としその二を第一審被告の負担とする。

事実

昭和二十七年(ネ)第三一六号事件控訴人同年(ネ)第三一七号事件被控訴人第一審原告(以下単に第一審原告と称する)は第三一六号事件につき原判決中「被告は原告上田種市に対し別紙目録記載の不動産を明渡せよ」との部分を除き左の通り変更する。

第三一六号事件被控訴人第三一七号事件控訴人第一審被告(以下単に第一審被告と称す)は第一審原告に対し(イ)金五万三千六百十円七十四銭(ロ)金一千七百七十八円十三銭と之に対する昭和二十六年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員(原判決認定通りに減縮する)及金十一万六千七百六十九円四十八銭(内金十一万一千四百七十五円三十銭につき請求を拡張する)及(ハ)金九千円と之に対する昭和二十四年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員を支払え訴訟費用は第一審第二審共第一審被告の負担とするとの判決を(第三一七号事件につき控訴棄却の判決を求め)第一審被告代理人は第三一六号事件につき主文第一項同旨並第一審原告の請求拡張部分を棄却するとの判決を、第三一七号事件につき原判決中第一審被告勝訴部分を除き之を取消す、第一審原告の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共第一審原告の負担とするとの判決を求めた。

第三一六号第三一七号事件につき第一審原告は請求原因として、

(一)  第一審原告は別紙目録記載の農地の所有者であるところ、右農地に付昭和二十年一月二十三日第一審被告との間に同原告が召集解除になれば必要の時は何時でも返還するものとし、仮りに召集解除にならなくとも、自己の弟妹が農業に従事することができるようになるので、賃貸期間を一応五ケ年(昭和二十四年稲作収穫後まで)とし、小作料を一年につき反当米一石三斗麦八斗(履行期は毎年十二月末日とする)と定めて一時賃貸借契約を締結し、之を右被告に引渡した。その後同年八月終戦によつて、第一審原告は召集解除により復員したので右一時賃貸の事由も消滅し且第一審被告は次に述べる通り小作料を滞納したほか、同二十四年中に期限が到来する等正当事由があるので、右原告は同二十四年五月十二日右被告に対する賃貸借契約を解約するにつき当時施行の農地調整法(昭和二十二年法律第二四〇号)第九条第三項、同法附則第六条に基き徳島県知事に対し許可申請を為した上同被告に対しては同年九月十日書留内容証明郵便を以て同年十月三十日限り賃貸借解約の申入並該農地返還の催告を発し其の頃之を同被告に到達せしめた。これに対し同被告は何等の異議を述べないから右農地の返還を承認しているものである。

然るところ徳島県知事は右解約許可申請に対して不許可処分をなしたので右原告は之を不服として右県知事を相手に徳島地方裁判所昭和二十四年(行)第五六号事件として右不許可処分取消請求の訴を提起し、原告勝訴の判決を得たのであるが更に右県知事から控訴したので高松高等裁判所昭和二十五年(ネ)第二〇七号土地賃貸借返還不許可処分取消控訴事件に於いて結局昭和二十六年六月三十日控訴棄却の判決が確定した。そこで右県知事は同年七月十八日附を以て同二十四年五月十二日附申請の農地賃貸借解約の許可処分をしたのである。従つて右原告のした解約の意思表示は少くとも昭和二十四年十一月末稲作収穫後においてその効力を生じ本件賃貸借契約は消滅したので同被告は右原告に対し本件農地を明渡す義務がある。

(二)  次に第一審被告は右賃貸以来現在に至るまで所約の小作料を支払わない。

(1)  そこで昭和二十年度分の契約小作料の内麦については一部刈分けした爾余の分として一石八斗四升八合に対し履行不能による昭和三十年度生産玄麦(三等)の価格金一万二十五円四十銭(六十瓩につき金二千百七十円の一斗当換算金五百四十円五十銭)及米四石四斗六升八合に対し履行不能による同年度産玄米(三等)の価格金四万三千五百八十五円三十四銭(六十瓩につき三千九百二円の一斗当換算金九百七十五円五十銭)の損害賠償支払義務がある。(其の合計金五万三千六百十円七十四銭)

(2)  昭和二十一年度から同二十四年度までの間四ケ年分については農地調整法に基く賃貸料金として合計千七百七十八円十三銭(原審に於いては合計金三千三十九円九十銭の支払を求めていたが当番に於いて右金額に減縮した)と之に対する履行期の後たる昭和二十六年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る民事法定遅延損害金の支払義務がある。

(3)  昭和二十五年同二十六年度分については、前記(一)に説示の通り第一審原告は第一審被告に対し前示本件農地についての賃貸借契約解約の通知を到達せしめた上昭和二十六年七月十八日附を以て前になした同二十四年五月十二日附申請による本件農地賃貸借解約の許可処分を得たのであるから本件賃貸借に付ては少くとも昭和二十四年十一月末稲作収穫後を以て適法に解約の効力が生じたものである。従つて右期日以降第一審被告の本件農地に対する占有は不法であり、且民法第百八十九条第二項の規定の類推適用に依り第一審被告の占有は右時期以後は悪意の占有である。そこで悪意の占有者は民法第百九十条に依り果実の返還又はその代価の償還義務があるところ本件に於ては前示の通り少くとも同年十一月末(稲作収穫後)以降に於ては賃貸借契約は適法に解約されているものであるから、其の時以降は既に農地調整法に基く賃賃借料の規定の適用はない。元来右法律に基く農地賃貸借料は地主の支払う固定資産税と水利費用(尤も昭和二十五年度同二十六年度における第一審被告の負担すべき水利費用が右被告の主張通りであることは争はない)とのみを賄うに足るべき社会政策的に決定せられた低廉な賃料であつて地主の収益を目的としたものではない。

してみると農地の悪意占有者は地主に対し右固定資産税と水利費用を償うに足る額を以て損害賠償の責を果したとすることは出来ない。そこで右被告は原告に対し前示民法規定の趣旨からすれば本件に於いては当初所約の年額小作料たる反当米一石三斗麦八斗の基準により算出された本件豊地二筆の合計三反四畝三歩に対する年額麦二石七斗二升八合の前記同様換算価格金一万四千七百九十九円四十銭及米四石四斗六升八合の前記同様換算価格金四万三千五百八十五円三十四銭の割合に依る二年分として合計金十一万六千七百六十九円四十八銭の得べかりし果実の償還に代る損害として之を賠償すべき義務がある。(原審に於いては単に不法占有による損害賠償として昭和二十五年度分として金二万七千三百八十三円九十二銭、同二十六年度分として金二万三千百五十七円六十五銭の支払を求めたものを当審に於いては前記米麦の支払期における価格相当の損害賠償を求める旨請求を拡張した)

(三)  次に第一審被告は本件農地の内東高原六番地田二反三畝三歩の田地に於いて昭和二十四年十一月下旬頃第一審原告の承諾なく擅に牛車三十台分の土壤を採取して之を横領(或は窃取とも解する)した。

よつて右原告は同被告に対し同年十一月三十日書留内容証明郵便を以て原状回復を求めたところ被告は之に応じないから牛車一台分につき金三百円宛合計金九千円の不法行為に因る損害賠償義務がある。

仍て之が支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し

(四)  第一審被告の答弁に対し第一審原告の主張に反する部分を否認し特に

(1)  右被告の主張する本件農地の賃料に対する反対債権は本訴提起前にその債権者たる右被告の弟豊に対する弁済供託により消滅した。

(2)  訴外仁木繁蔵とは金銭貸借関係もなく且第一審被告の主張する土地建物についての抵当権設定登記も抹消せられ、土地売買に関する契約も凡て解消したものであると述べた。<立証省略>

第一審被告代理人は答弁として

(一)  第一審被告は第一審原告よりその主張の日時、その主張の農地につき期間を五ケ年小作料一ケ年麦一石八斗四升八合、米四石四斗二升九合(反当麦八斗米一石三斗の割合にしてその履行期は毎年十二月末頃)と定め賃貸借契約を締結し、その引渡を受けて現に占有すること及賃貸借解約申入れに関し徳島県知事の許可あるに至るまでの経緯は右原告の主張の通りであることは之を争はない。

然れ共本件訴訟に於いては第一審原告のした賃貸借契約の解約申入は正当事由がないから効力を生じないものである。

即ち第一審原告には次に述べる通り自作の意思もなく又その能力もないのみならず第一審被告は小作料を滞納したものでない。

(1)  昭和二十六年十一月右原告は本件農地につき立入禁止の仮処分決定を得て之を耕作して居るが、自己の生活の本拠である宅地家屋は他人に売却し本件土地に事業場を建築してセメント瓦の製造業を営んでいるものであつて、本件農地も同二十五年四月四日訴外人武智某に売渡担保として提供し、又別に之を訴外人仁木繁蔵に譲渡する旨を契約すると共に同二十七年五月二十九日同訴外人に金十四万円で低当権を設定したのであるが債務不履行により同年十二月二十六日徳島地方裁判所に於いて競売開始決定(同年(ケ)第六五号)を受け之に対し同裁判所に対し右決定の取消、抵当権の抹消等の訴訟(昭和二十七年(ワ)第二五九号)を提起したが同二十九年二月九日右原告の請求棄却の判決がなされた。以上の如く右原告には全然本件農地につき愛着心なく又自作の意思もなく其適格を欠くものである。只今日まで本件農地を耕作しているのは右被告との紛争中であるが故に之を他に売却したのでは右原告が敗訴することを恐れて心ならずも耕作しているに過ぎない。

右の如く本件農地はやがて他人に売却せられる運命にある。之に反し第一審被告は農業を専業として生計を樹てているものであるところ本件農地を手放せば水田は僅かに一反三畝足らずとなつて耕作者としての地位は益々不安定となる。従つて本訴における第一審原告の主張は農地法の精神に反するものである。

仮りに第一審被告の主張が理由なしとするならば農地法の精神に照して本件農地は第一審被告に対し適当な価格で売渡さるべきであり、又仮りに返還すべきものであるとするならば適当な離作料を支払う義務がある。

(2)  右原告は五ケ年間小作料を支払つていないと主張するけれども右被告は後記(二)に主張の限度に於て小作料の支払義務があるに過ぎないのみならず、又仮りに小作料の免除を受けないものであるとするも右被告は右原告に対し昭和二十二年迄に既に金八百十八円七十銭の反対債権を有しており其の後も右被告の小作料に比して多額の反対債権を有しており当時対当額に於て相殺したので何等賃料の不履行はない。

(二)(1)  昭和二十年度の小作料は凶作であつたため当時免除されたものであるから支払義務はない。

(2)  昭和二十一年度から同二十四年度迄の小作料は毎年各金百四十六円四十五銭である外水利費用は同二十三年度分金三百六十四円五十一銭、同二十四年度分金六百十四円八十四銭につき何れも支払義務を認めるも(その合計金千五百六十五円十五銭となる)同二十一年度同二十二年度の各水利費用に関しては支払義務はない。

(3)  第一審原告主張の不法又は悪意占有による損害賠償請求の点は否認する。尤も第一審被告は昭和二十五年度及同二十六年度の小作料として毎年各金千六百二十五円二十九銭の外に水利費用各金千二十一円八十銭の支払債務のあつたことは之を認めるがその余の部分は失当である。

(三)  第一審被告は本件農地から牛車七台分の土壤を搬出して採取したことはあるけれども、本件農地に必要を認められない畦畔があり又耕作地面が甚しく傾斜していたため耕作に不便であつたので当時同二十四年八月中旬頃徳島県知事から本件賃貸借解約につき不許可の処分があつて、右被告の借地権は永続性が確定されたので右被告は小作地改良の目的で費用を投じ畦畔を取除き高低ある傾斜部分の土地を採取し地均しをしたのである。従つて表面の肥壤を採らず特に肥沃せる土壤を除いてその下の土壤を取つたものであるからそれが為に地価も増加し収益も増加し右原告には現存利益があるのみで決して損害を及ぼしていない。仍て第一審原告の請求には応じ難いと陳述した。<立証省略>

理由

(一)  第一審原告は別紙目録記載の農地の所有者であること、第一審原告は第一審被告に対し昭和二十年一月二十三日右農地を賃貸借期間五ケ年小作料一年につき反当米一石三斗麦八斗履行期は毎年十二月末日の定めで賃貸し第一審被告は現に之を占有していること、右原告は同二十四年五月十二日右被告に対する賃貸借契約を解約するにつき当時施行の農地調整法(昭和二十二年法律第二百四十号)第九条第三項、同法附則第六条に基き徳島県知事に対し許可申請をなしたこと、同知事は右申請に対して不許可処分をしたので、右原告は之を不服として右県知事を相手として徳島地方裁判所昭和二十四年(行)第五六号事件として右不許可処分取消請求の訴を提起し原告勝訴の判決を得たのであるが、更に右県知事から控訴したので高松高等裁判所同二十五年(ネ)第二〇七号土地賃貸借返還不許可処分取消控訴事件において結局同二十六年六月三十日控訴棄却の判決が確定したこと、そこで右県知事は同年七月十八日附を以つて同二十四年五月十二日附申請の農地賃貸借解約の許可処分をしたことは当事者間に争がない。

而して郵便官署作成部分の成立に争なく且弁論の全趣旨によつてその全部の成立が認め得られる甲第二号証と弁論の全趣旨によれば第一審原告は昭和二十四年九月十日第一審被告に対し書留内容証明郵便を以て同年十月三十日限り右賃貸借契約を解約する旨並該農地を返還すべき旨の催告を発し該郵便物は其の頃第一審被告に到達したことを認めるに足る。そこで右解約の効力につき検討するに、先ず第一審原告は右賃貸借は一時賃貸借であつて必要のときは何時でも返還する特約があり賃貸期限も昭和二十四年中に終了するものであり、且第一審被告において小作料を滞納していたものであるから解約の申入は正当事由ある旨主張し第一審被告は之を争う。甲第三号証其の他第一審原告の全立証によるも右が一時賃貸借であることを認めるには足らず却つて右甲第三号証成立に争のない甲第十六号証、第十七号証と原審における第一審被告本人の供述の一部に弁論の全趣旨を綜合すれば本件賃貸借は第一審原告応召のため已むなく締結せられたもので復員後必要なときは解約することの出来る旨特約附の賃貸借であることを認めるに足る。而して前示甲第十六号証第十七号証と原審並に当審における第一審被告本人の各供述によれば、第一審被告は当時その弟名義で第一審原告に対し一反四畝十五歩の農地を賃貸していることを理由として本件農地合計三反四畝二歩については賃借後右解約の申入あるまで本件農地合計三反四畝二歩については賃借後右解約の申入あるまでその所約の賃料を少しも支払つていないことを認めるに足り又第一審被告の全立証によるもその主張の如き貸金債権と相殺したことを認めることは出来ない。

尤も第一審被告は昭和二十年度の米麦小作料は凶作のため凡て免除を受けたから支払義務はない旨抗弁するところ後記(二)(1) に認定の通り該抗弁は理由がある。

然れ共結局第一審被告は賃借以来昭和二十年度分を除きその小作料を滞納しているものと謂うのほかはない。

而して前顕第一審被告の各供述の一部に前顕甲第十六号証、第十七号証成立に争のない甲第十八号証、同第二十号証、同第二十一号証の一、二乙第十七号証、同第十九号証の一、二及当審証人上田馨の証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、第一審原告は現に家族五名(内農業従業員三名乃至四名)と共に田一反余(前示解約当時は田二反四歩)を耕作し兼業としてセメント瓦製造業をしていること、元来第一審原告は農家に生れ、農蚕学校を経て満州協和会農場に勤務して農業技術を修得して帰国したもので農業経営の能力があること、又本件農地についても一時抵当権を設定して他から金借していたのであるが現在は既に債務完済して右登記も抹消されていること、及従来の家屋敷は他に売却したけれども新に本件土地の一部に住家を建設しているもので本件農地と前示一反余の農地耕作にはさしたる支障は来さない事情にあること、他面第一審被告は現に家族八名(農業従業員四名)で農業専業者であること、本件農地を返還するも農地九反九畝歩を耕作しているので、その生活維持に困難を来す虞はないこと、及本件農地賃貸の動機は昭和二十年一月当時第一審原告が応召の為め已むを得ずなされたこと等の諸事実を認めるに足る前顕第一審被告の各供述、乙第十五号証の二中右認定に反する部分は措信し難く他に之を覆すに足る証拠はない。

してみると右認定の諸事実に後記認定の小作料滞納の事実を考合すれば結局第一審原告の本件農地に関する賃貸借の解約は前示留保した解約権に基くもので当時施行の農地調整法(昭和二十四年六月二十日法律第二百十五号第一条による改正法律)第九条第一項但書に所謂正当な事由に基くものと謂うことができるから適法である。

而して右県知事の許可処分のなされた当時施行の農地調整法(昭和二十六年六月一日法律第百七十五号による改正法律)第九条第三項第五項の趣旨は農業委員会の承認(知事の許可と読替える以下単に許可について論ずる。)なる行政行為を以て賃貸借の解約という私法行為の効力発生の附加的要件とするものである。即ち農地賃貸借(解約権留保の特約附)の解約は基本的には農地調整法第九条第一項及民法第六百十七条(第六百十八条の準用による)の定める諸要件を備えることによつて私法上の効果発生の要件とするが更に右許可が之に附加補充せられることによつて右私法上の効果を完成せしめることになるのであるから許可の当時私法上の右基本的な要件が具備しておれば許可によつて直ちに私法上の効果を発生し又許可後右私法上の要件が完結する場合にはその完結の時に効力を生ずるものと解せられる。

本件について之を観るに解約申入をしたのは昭和二十四年九月十日であるから民法第六百十七条第一項の要件としては翌二十五年九月十日に之を充足することになるのであるが、徳島県知事の許可は同二十六年七月十八日に為されたのである。かかる場合に許可の効力が私法上の要件完結の時に遡及するか否を検討するに、農地の如く収穫季節のあるものについては民法第六百十七条の法意に照し、右効力は遡及せず恰も解約申入後民法所定の要件が未だ完結しない内に許可がなされた場合においては許可後民法所定の要件が完結した時に至つて始めて賃貸借終了の効果を生ずるものと解せられるのでこれに準じて許可のなされた時期における収穫期の終了時の一年経過後に至つてはじめて賃貸借終了の効果を生ずるものと解するを相当とする。

従つて本件においては昭和二十七年度稲作収穫後たる同年十月末を以て適法に賃貸借は終了したものと謂うべきである。

次に第一審被告は農地法の精神に照して該農地は第一審被告に売渡すべきであり、又仮りに返還すべきものとすれば離作料を支払うべきである旨主張するけれども、主張自体理由がないから採用せず。結局第一審被告は第一審原告に対し昭和二十七年十月末日限り本件農地を明渡すべき義務がある。

従つて昭和二十四年十一月末日を以て本件農地賃貸借は終了したとする点は理由がないけれどもその明渡を求める点においては結局その理由あるものとする。

(二)  次に第一審被告の小作料不払による責任につき判断する。

(1)  昭和二十年度の米麦小作料につき検討するに、成立に争のない乙第五号証同第十号証、甲第三号証と原審証人真野虎吉、同山口新一、原審並当審証人山口忠宣、同三原ヨシミ(当審は第一、二回)同吉住幸市(当審は第一、二回)当番証人西岡儀平の各証言の一部、原審並当審における被控訴本人の各供述を綜合すれば、昭和二十年麦の小作料は賃貸借契約自体により次年度以降分の半額の定めであつたこと、同年度の麦作及米作は共に風水害等のために凶作であつたために、右米麦小作料の全額につき免除されたことを認めるに足る。原審証人片山右門、当審証人吉住幸市(第二回)の各証言中右認定に抵触する部分は措信し難く、甲第十号証其の他によるも右認定を覆すには足りない。

従つてこの点に関する第一審原告の請求は爾余の判断をまつまでもなく到底失当として排斥を免れない。

(2)  昭和二十一年度分から同二十四年度分までの間における小作料については毎年各金百四十六円四十五銭であつたことは当事者間に争いなく、成立に争のない甲第四号証、乙第一号証によれば、水利費用につき昭和二十一年度及同二十二年度においては第一審被告が負担し右被告において支払うべきものはないこと、同二十三年度においては金三百六十四円五十一銭、同二十四年度においては金五百三十四円八十四銭であることが認められる。

尤も昭和二十四年度分水利費用については第一審被告は右認定を超えて金六百十四円八十四銭の支払義務を認めるので第一審被告は小作料として該金員とその余の前記認定の金員との合計額金一千五百六十五円十五銭と之に対する最終履行期たる昭和二十四年十二月末日より後たる昭和二十六年十二月一日から完済に至るまで年五分の割合に依る民事法定遅延金を支払う義務がある。従つてこの点に関する第一審原告の請求は右認定の限度において理由あるも爾余は理由がない。

(3)  昭和二十五年度及同二十六年度における第一審被告の不法占有又は悪意占有を前提とする損害賠償請求について判断するに、前叙(一)において説示の通り、本件賃貸借解約の申入は昭和二十七年十月末(同年度稲作収穫後)に至つてはじめてその効力を生じたものであるから、昭和二十五年度及同二十六年度は少くとも第一審被告は適法に之を賃借占有していたものと謂うべきである。

従つて右期間内において既に本件賃貸借契約が解約になり第一審被告の本件農地に対する占有は不法乃至は悪意であるとする第一審原告の主張は理由がない。

然れ共第一審原告は本件農地賃貸借の解約ありたることを前提とし一面第一審被告の不法占有を原因として賃貸料(小作料)に代る損害賠償を求めているものであるから右解約が認められずして第一審被告の占有が適法である場合には滞納小作料の支払を求める趣旨をも包含するものと解せられる。

そこで弁論の全趣旨によれば第一審被告は昭和二十五年度及同二十六年度の小作料を滞納していることが認められる。而して右両年度における小作料は当時施行の農地調整法(昭和二十六年法律第二百二十二号による改正前法律)並其の附属法令により金納小作料の額が法定されていたのであるから、この額によるべきを相当とする。そこで成立に争のない甲第三号証、同第四号証同第十一号証、乙第九号証、同第十一号証並弁論の全趣旨を綜合すれば昭和二十五年度同二十六年度の契約小作料は各金千六百十九円であることが認められるところ、第一審被告は両年度共金千六百二十五円二十九銭の範囲で小作料の額を認めており、且両年度における第一審被告の負担すべき水利費用は各金千二十一円八十銭であることは同被告の認めて争はないところである。よつて両年度の小作料は右認定の合計額金五千二百九十四円十八銭となる。従つて第一審被告は第一審原告に対し右認定の限度においてその支払義務がありその余の請求は理由がない。

(三)  本件農地における土壤の横領(又は窃盗)による損害賠償請求につき判断する。

成立に争のない甲第九号証と原審並当審における第一審被告本人の各供述の一部原審における現場検証の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば昭和二十四年十一月末頃第一審被告は第一審原告の承諾なく本件農地の内東高原六番地田二反三畝三歩地内において畦畔の土壤及田地面の主として下土を約牛車三十台分採取して自己新築家屋敷地の土盛りに使用したことを認めるに足る。前示第一審被告本人の各供述中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に之を動かすに足る資料はない。してみると仮りに右は一面農地改良の目的に出たものとするも第一審原告の農地所有権を不法に侵害したものと謂うのほかなく、之に基く損害賠償の責に任ずべきである。

そこでその損害額につき検討するに、当審証人松島武市、同吉住幸市(第一、二回)の各証言を綜合すれば農地は土地改良の必要があれば下土は通常無償で譲渡されているものであり、宅地の土盛り等のために売買される場合には通常無償で譲受けてその運搬賃として、一里行程で牛車一台分金三百円位の取引が行われていることを認めるに足る当番証人佐藤一の証言其の他によるも右認定を左右するには足りない。従つて本件の場合について之を観るに第一審原告の全立証によるも右認定の如き運搬賃を除き現場における農地の土壤の取引価額を確認し難いから、この点に関する第一審原告の請求は竟に之を採用するに由なし。

要之第一審原告の本訴請求は叙上認定の通り(一)本件農地明渡の点(二)(1) 昭和二十一年度から同二十四年度までの小作料については金一千五百六十五円十五銭と之に対する昭和二十六年十二月一日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の限度において、(2) 昭和二十五年度同二十六年度の小作料として合計金五千二百九十四円十八銭の限度において(以上(1) (2) の元本合計は六千八百五十九円三十三銭となる。)正当として之を認容すべく爾余は失当として棄却すべきものとする。

仍て之と一部異趣旨に出た原判決は失当にして第一審被告の本件控訴は一部その理由があるので、民事訴訟法第三百八十六条に則り之を変更すべきものとする。然れ共原判決は昭和二十一年度から同二十四年度迄の小作料支払の点において右認定を超えて第一審原告の請求を認容したものであるから第一審原告の本件控訴は理由がないから同法第三百八十四条に則り之を棄却し、又第一審原告の当審における請求拡張の部分も前叙の通りその理由がないから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第八十九条第九十二条本文第九十六条をなお第一審原告の控訴に要した費用の負担につき同法第九十五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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